脳梗塞は時間との闘いです。
脳梗塞コラム
第33回 旅先で脳梗塞を発症したらどうする?
[2012.01.13.]
観光やビジネス、海外挙式など、国内、海外を問わず旅行の機会が増えています。もし、旅先で脳梗塞を発症してしまったら? どうすればよいのでしょう? また、いざというときのための備えや旅先での注意点など、脳梗塞の経験者はもちろん、一般の方でも覚えておきたい知識を、独立行政法人国立病院機構 名古屋医療センターの統括診療部長・第二神経内科部長である奥田聡先生に教えていただきました。
旅先で脳梗塞を発症させないために

いつどこで発症するか予測がつかない脳梗塞。旅先で、脳梗塞を発症したという方も少なくありません。旅行中の日本人の死因でもっとも多いのは心筋梗塞と脳梗塞をはじめとする脳卒中なのです。
名古屋医療センターでER(救命救急)診療もされている奥田先生は、「脳梗塞の既往のある方、危険因子のある方をはじめ、一般の方も、万一、旅先で脳梗塞など重篤な病気を発症したらどうするか、準備をしてから出発するといいでしょう」と、事前の心構えを勧めています。
●旅行中も、いつもの薬と説明書を携帯する
脳梗塞は、高血圧、糖尿病、脂質異常症、心房細動などのある方では発症のリスクが高まります。なかでも高血圧は、脳梗塞、脳出血の最大の危険因子です。旅先でもこれらの危険因子をコントロールする必要があります。
「降圧薬や糖尿病の薬、脳梗塞予防薬(抗血小板薬や抗凝固薬)などふだんから服用している薬は旅先にも必ず持っていきましょう。ただし、白い粉薬やインシュリン用の注射器などは、飛行機の荷物チェックや税関などで麻薬と間違われることがあるので、国内旅行ならお薬手帳か処方薬の説明書、海外旅行なら英文診断書と薬剤リストを準備して、携帯することをお勧めします」(注1:「英文診断書」については後述)
医療関係の書類は保険証とともにまとめて、すぐに取り出せるようにしておくとよいでしょう。また、飛行機を使っての旅行の場合、預け荷物が紛失するといったトラブルを想定して、薬などは手荷物に入れておくと安心です。
「糖尿病の患者さんが使われるインシュリンの注射薬は、飛行機の貨物に入れると、上空で凍ってしまうことがあるので、手荷物として持ち込んでください」
●時差がある国では薬を飲む時間に注意!
海外旅行で経験する時差ボケについては、「多少体調をくずすことはあっても、それがそのまま脳梗塞の原因になるとは考えにくい」と奥田先生は言います。
「ただし、毎日決められた時間に薬を飲んでいる方は、時差の関係で飲み忘れたり、1日に2回飲んでしまったりすることがあるので、現地では、日本時間を計算しながら服薬時間を調節してください。糖尿病の薬やワルファリンなどは、特に注意が必要ですから、事前に医師か薬剤師に確認しましょう」
●旅館やホテルでは、食べ合わせにご用心!
旅先では、食材にまで気配りができなくなりますから、薬の効果を弱める食品には気をつけてください。
「抗凝固薬ワルファリンを飲んでいる人が、納豆、モロヘイヤ、青汁、大量の海藻などビタミンKを豊富に含む食品を食べると薬の効果が減弱します。国内旅行では旅先でも納豆が料理として出ることがあると思いますが、ワルファリンを内服中の方は食べないようにしてください。また、海藻サラダなども控えめにしたほうがよいでしょう」
旅行中はつい食べすぎたり、飲みすぎたりして、カロリーや塩分を過剰に摂取しがちですが、血圧や血糖値のコントロールに影響するのでほどほどにしてください。
●飛行機では「脱水」に注意!
高血圧、糖尿病などの危険因子がある方に、何らかの引き金(誘因)が重なると、脳梗塞を発症しやすくなります。
「引き金として一番怖いのは“脱水”です。脱水になると、血液がドロドロになり血栓ができやすくなり、それが血管に詰まるということが考えられるからです。旅行中は、飛行機の客室やホテルの部屋など、乾燥する場所で過ごす機会が多いので、いつも以上に水分補給を心がけてください」
特に、飛行機の客室の湿度は5〜10%程度と砂漠よりも乾燥しているため、1時間に80cc、5時間のフライトなら400ccの水分が体内から失われてしまうといいます。
「長時間のフライトで、トイレが近くなるのが嫌だからと水分を控えると脱水になる恐れがあります。機内では、ビールなどの酒類やコーヒー、紅茶といった利尿作用があるものは避け、ジュースや水などを飲むことをお勧めします」
●ロングフライト血栓症は突然死の原因に!

飛行機やバスで長旅をするときには、“ロングフライト血栓症(エコノミークラス症候群)”にも注意が必要です。窮屈な座席で長時間じっとしていると、ふくらはぎに血栓(深部静脈血栓)ができやすくなります。足の静脈を流れている血液は、ふくらはぎの筋肉の収縮がポンプとなって心臓に戻っていくので、長時間足を動かさずにいると流れによどみが生じ、高い確率で血栓ができるのです。この血栓が、足の静脈から大静脈、心臓(右心房、右心室)を通り、肺に流れ込む手前で肺動脈を閉塞すると肺動脈血栓塞栓症をきたし、突然死の原因になります。
「ロングフライト血栓症を防ぐには、1時間に1回くらいトイレに行くようにするとよいでしょう。座ったままでもつま先やかかとの上げ下ろしをすると、ふくらはぎの筋肉が収縮し、静脈血栓を予防します。ふくらはぎをキュッキュッともむのも有効です」
静脈にできた血栓は肺に飛びます。通常は脳にはいかないのですが、先天的に心臓の左右の心房に小さな穴が開いている(卵円孔開存症)人では、まれに脳梗塞(奇異性脳塞栓症)を発症させることもあるそうです。
●旅先での温度変化は血圧の変動を招く
急激な温度変化も体調に影響します。
「極端に寒い地域に行くと、急激な血圧の上昇を招き、脳梗塞のリスクを上げるだけでなく、脳出血を招く危険があります。また、気温の高い地域では、熱中症や脱水の危険が高まります」
また、温泉などでの長湯は血圧が不安定になりやすいですし、露天風呂での雪見酒も体にはよくありません。脱水になりやすいサウナも、危険な行為であり避けたほうがよい、と奥田先生は助言しています。
脳梗塞の既往がある方が旅行をするときは

すでに脳梗塞を発症したことがある方は、再発の不安から、「旅行してもいいのだろうか」「飛行機に乗っても大丈夫だろうか」と旅行をためらうかもしれませんが、脳梗塞の発症から半年以上たっていて、症状が落ち着き、血圧など危険因子のコントロールができていれば、旅行の検討をするのも悪いことではないでしょう。
「車椅子で海外旅行をしたらいろいろなことができたので自信がついた」という方、「娘さんの海外挙式に出席できた」と喜んでいた方、気分転換になったという方もいます。ただし、旅行へ行く前には、注意すべきことなど主治医に相談することをお勧めします。
何よりも、無理のないスケジュールを立てて、日ごろから飲んでいる薬を持つなどしっかり準備をすることが大切です。旅先で何か起こってから慌てても遅く、いざという場合は自己責任という覚悟も必要なのかもしれません。
●海外旅行では英文の診断書を用意しておく
脳梗塞の既往のある方は、当然のことながら、旅行中も再発予防のための薬(抗血栓薬など)を継続して服用する必要があります。時差のある地域での服薬については、先ほどお話ししたように服用時間に注意が必要です。
「国内旅行なら、保険証と薬の説明書のほか、治療の経過を書いた簡単なメモがあればよいでしょう。一方、海外旅行では、万一に備えて、英文の診断書と服薬リストを用意しておくことをお勧めします。救急車で病院に運ばれた場合、患者さんがそれまでにかかった病気や、治療の経過、服用中の薬などの情報があれば、脳梗塞の診断、治療の手がかりになります。言葉が通じにくい外国では、英文の情報があれば、先方の医師も素早く的確に診断できるのです」
英文の診断書は、主治医に依頼するのもよいですが、治療の経過や薬剤リストと説明書をすべて英文で書くのは手間がかかる作業ですから、出発の3カ月くらい前にお願いしてみるとよいでしょう。あるいは、日本語で書いてもらった通常の診断書を、専門の翻訳サービス会社(*1)に依頼して、英文の診療情報提供書にしてもらう方法もあります。翻訳サービスは有料(2万円程度)ですが、「英文診断書」とキーワードにして、インターネットで検索するとみつかるでしょう。
●脳梗塞を発症した方も飛行機での旅行は可能?
空の上で脳梗塞の発作が起きたらどうしよう? と飛行機での旅行を心配なさる方もいらっしゃるでしょうが、飛行機での旅行が再発に結び付くというわけではありません。ただ、リスクを高める環境へのしっかりとした対応が求められます。

もしも旅先で、脳梗塞を発症したら?
●脳梗塞の主な症状を頭に入れておく
脳梗塞の既往がある方もない方も、旅行中に、疲れ方が尋常でないなどいつもと様子が違うときには、脳梗塞や脳出血を疑ってみることも必要です。
「脳梗塞の症状は、詰まった血管の場所や大きさによって異なりますが、もっとも代表的な症状は、ろれつが回らない、半身がしびれる、半身が動かしにくいというものです。
たとえば、片側の口元から飲み物やよだれがたれる、言葉が出てこない、などの変化があったら要注意です。また、旅行中に発症した患者さんの体験談をうかがうと、発症の前兆として、歩くのもつらいほどの異様なだるさやからだの重さを感じていたという方もいらっしゃいます」

「これらの症状がみられたら、脳卒中(脳梗塞、脳出血)を起こしている可能性が高いので、救急車を呼んでください。脳梗塞か脳出血かはCTの画像をみないとわかりませんが、いずれにしても緊急の対応が必要です」
●脳梗塞かも?! ただちに救急車を呼ぶ!

「脳梗塞が疑われたら、とにかく救急車を要請します。国内でしたら119番。海外でしたら、その国の救急車を呼ぶ電話番号に連絡します。救急車を呼ぶときの電話番号はガイドブックに記載されていることも多いので、出かける前にチェックしておきましょう」
「海外では、日本語の通じる医師がいる病院を探しがちですが、脳梗塞のような一刻を争う病気では、近くの救急病院に搬送してもらうのがベストです」

ツアー旅行でしたら添乗員の方に、ホテルならフロントに連絡し救急車を手配してもらいましょう。町中でしたら近くの商店に飛び込んで、救急車を呼んでもらうとよいでしょう。先進国であれば、救急隊が症状を見て、適切な施設に運んでくれるはずです。
アメリカでしたら「ヘルプ、コール ナイン ワン ワン(911を呼んで)」と伝えてください。脳卒中は英語でストロークですから、「ストローク、ストローク」と大きな声で連呼すれば緊急性が伝わるでしょう。病院で治療が始まり少し落ち着いたら日本の領事館に連絡します。治療後のこと、帰国時のことなど便宜を図ってくれるはずです。
●旅先で入院した場合、転院はいつごろ?
旅先で倒れた場合、いつまでも遠方の病院に入院しているのでは、家族も本人も大変です。いつごろから、自宅近くの病院に移れるのでしょうか。
「一般に脳梗塞の急性期は1〜2週間です。その間はやや不安定ですが、急性期治療が落ち着いたら、転院は可能です。国内では、通常2、3週間で退院して自宅に戻るか、リハビリ病院に移りますが、症状が安定しているようなら、1〜2週間で、転院できると思われます。入院した病院の担当医やソーシャルワーカーと相談することをお勧めします」
「海外では、脳梗塞の場合でも2、3日で退院となることが少なくありません。しばらくの間は飛行機での帰国は難しいので、退院後もしばらくはホテルなどで安静にして様子をみるのがよいでしょう。1、2週間過ぎて病状が安定していれば帰国して、日本の病院で再度チェックしてもらいましょう」
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海外での医療費、さてどうする?!
外国で病院にかかった場合、全額自己負担になりますので、高額の医療費を請求されて驚く方も多いとか。通常の海外旅行保険では、高血圧や糖尿病などの旅行出発前からの持病が悪化して治療しても、保険のカバーする範囲ではないことが多いので、旅行会社などに確認しておきましょう。
また、海外で治療を受けた場合でも、帰国後、社会保険や国民健康保険が適用されることがあります。海外の病院に支払った際に受け取った領収書、診療内容明細書などは捨てずに持ち帰り、ご加入の健康保険の窓口に問い合わせてみましょう。
取材協力/独立行政法人国立病院機構 名古屋医療センター
統括診療部長 第二神経内科部長 奥田 聡先生
*1)オブベース・メディカ
http://www.obm-med.co.jp/pc/index.html




